当事者としての交通死亡事故と道路公団の対応と教訓 15/15

当事者としての交通死亡事故と道路公団の対応と教訓 15/15

翌日の地元の新聞に、やはり、その事故の記事が、しかしかなり小さく記載されていた。

 

事故の先頭の大破していたクルマの運転手は、死亡していた。

 

翌日の小さな新聞記事

 

NEXCO

NEXCO

記事に拠れば、何らかの原因でガードレールに当たりスピンし、更に反対側のガードレールに当たり、その後後続のクルマに「続々」と衝突された、と書かれていた。

 

次々と…

 

後続車が…

 

もしかして、最初の「事故」は単なるスピンだったもかも知れない。

 

何故、一人の命が奪われてしまったのか…?

 

新聞に拠れば、まだ29歳の若さ、その家族、親族の悲しみは如何程のものか・・

 

尊い命がこれからの事故防止に役立つ日は来るのか…

 

きっと死亡者が1名では、この事故の「社会」での扱いは、これで終わりだろう。

 

イヤな言葉だが死人に口無し、もしかしたら最初の事故処理、それ自体に問題が潜在していることも、あるかも知れない。

 

しかしネットでNEXCO(道路公団)のホームページに行っても、一言も昨夜の事故には書かれていない、何の情報も説明も無い。

 

今日も、明日も、どれほどの人が高速道路を利用するか、それは知らない、しかしこの事故が、そして私が事故に遭わなかったことが、一般的な意味で「教訓」となることは先ず無いだろう。

 

たった数時間の経験、しかも中央自動車道という限られたスペースでも、これだけの事が惹起し、そして、これだけの事が学べるのだ、としみじみ感じた。

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